嬉しいような悲しいようなアラカンの私
私が利用する公共交通機関で最も多いのが、地元北海道の路線バスです。少し郊外に住んでいるので、利用する路線の沿線に高校などがあります。また、路線に沿って「〇〇高校専用」というバスも走っています。いわゆるスクールバスという感じです。
公立高校のスクールバスが公共交通機関にあるというのは、私的には謎でした。でも、寒い(北海道の冬は本当に寒いです)時でも「〇〇高校専用」というバスには一般のひとは乗れないようでした。老眼もありますが、近眼も強い私は、思わず乗ろうとして、断られたこともあります。
ですから、スクールバスに乗りたいなんて思ってませんでした。ところが、ある日、ある時間帯(夕方)に出かけなくてはならない事情が連続して、その時間帯のスクールバスではない路線バスには〇〇高校の生徒がごっそりと乗ってくることに気づきました。
制服を着ているので統一感があるというか、全体が制服色というか、なにせ若い人なので圧倒されるエネルギーです。それだけでも正直少し疲れるのに、彼(女)らは、席という席にびっしりと座っていて、私の乗る停留所ではもう空席が全くない状態でした。
歳取ると立って乗るのはきつい
札幌市の中心部までは私の乗る停留所からは15分くらいなんですが、その夕方の時間帯は少し渋滞することがあり、30分くらいかかる時もあります。正直いって、私はアラカンなのですが、座りたいんですよね。でも、まだ老人ではないからという自負もあり、座りたいという雰囲気を醸し出すこともできないで、いつも、「なんで全部座ってるんだよ、いい若いもんが」と苦々しく思っていました。
そういう状態が3ヵ月くらい続いたでしょうか。その日も、バスが来るのを停留所から見ながら「ああ、また高校生が乗ってる。うざいなぁ」と思いつつも大荷物を抱えて仕方なくうんざり感を丸出しにして乗車しました。そして座ってスマホでゲームしている男子高校生の横に苦り切った(多分)雰囲気を醸し出しつつ、なんとかつり革にすがりついて立っていました。
すると、その日に限って、バスが発進する時、なんと、路面の状態の関係かガタンと揺れたのですよね。思わず、みっともなくよろける私。荷物がぴっちぴちに詰まった鞄が落ちそうになり、落とすまいと抵抗する私の顔は歪んでいたと思います。
すると、それまでスマホでゲームしていた男子高校生が二人同時に立ち上がって、私に向かって「どうぞ」と席を譲ってくれようとしたのです。わあ、参ったなあ、困ったなあ、自分は老人ではないぞ、しかしほとんど高校生ばかりの乗客がこっちを見ています。
まあ、彼らから見たら私は親の年齢、あるいは祖母の年齢かもしれません。そう思って、「ありがとう」といって譲られた席に座りました。私は高校生たちがどんな反応をするのかな?とちょっと不安でしたが、誰もなにもネガティブな反応はせず、私は無事に中心街の終点まで座り続けることができました。
このことについて「もしかして、学校で『スクールバスでない場合にはできるだけ席を譲りなさい』と指導があったのかも?」とは思いますが、高校生のみなさんが、私よりは素直で体力にも心にもゆとりがあることが分かり、それからは高校生に譲られたら遠慮なく座るようになりました。嬉しいだけではなく少し悲しい自分ですが、高校生よ、ありがとう!
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